注釈:Mixiに載せたものを微調整しただけです。コメントとか本当にそのまんま。



・博麗神社の食糧事情


現実問題として。
金が、ないのである。

「うあー…………」

まるで人気のない博麗神社、その境内にある住居内で、現博麗の巫女、博麗霊夢はこたつに下半身を突っ込んでだらけきっていた。
そろそろ冬も明けようかという頃なのだが、まだ尾を引くような寒気は残ったまま、無駄に風通しの良い室内は割と肌寒い。
こたつ以外の暖房器具を所持しておらず、またその抗い難い魔力を手放すのが惜しく、片付けられずにいるのだった。
必要なのは微量の霊力。いつだったか、紫が気まぐれにぽいっと放り置いていった「てれび」とやらに、 少し前かなり詰め込んでおいたので、まだしばらくは稼動してくれそうだ。

博麗霊夢は動かない。微動だにしない、と言ってもいい。
寝返りすらも打たず―― ぼんやりと、目を閉じて。
眠っている風にも見えるが、時折唸り声に近い、言葉ですらない声が聞こえるのだから、一応は起きているのだろう。
しかし、それだけ。普段しているはずの境内の掃除(適当)も、 早々に箒を投げ捨てお茶を飲み寛ぐこともせず、こたつの中でじっとしている。
さながら、冬眠する獣のように。飢えを凌ぐように。

と、唐突に些か粗暴な足音が響き始めた。それは次第に霊夢の許へと、 こたつのある部屋へと近づいてくる。歩行から疾走へ。とん、とん、という音が、どたばたという騒音に変わり、

「よう霊夢! 暇で暇で仕方ないだろうお前の退屈を紛らわすためにやってきたぜ!  とりあえず私のために上等なお茶を出してくれ!」

そして現れたのは、黒と白の、エプロンドレス(のような服)を身に纏った少女。
頭には黒い帽子を被り、首周りを寒さ対策のマフラーが隠していた。
霧雨魔理沙。魔法の森の、魔法使い。事ある毎に神社へ足を運んでは、 お茶と茶菓子を食べるだけ食べて、適当に騒いで帰ってしまう、正直霊夢にとってはかなり迷惑な来訪者である。
普段なら投げ遣りにあしらいつつも、多少の歓迎くらいはするのだが―― 今日は、彼女が来ても全く反応を見せなかった。
ん、と魔理沙は訝しむ。憎まれ口のひとつでも飛んできていいものなのに、何だか調子外れだった。
脳裏に疑問符を浮かべながら、見ようによってはぐったりしている霊夢の顔を覗く。いつも通りの、暢気そうな顔。

「おい、霊夢」
「うあー…………」
「……大丈夫か?」

返事はない。生憎ただのしかばねではなかったが、これではほぼしかばねだ。
両腋に手を入れ、こたつから引っ張り出すと、まるで抵抗しなかった。いよいよマズい。

博麗霊夢。
あまりの金のなさに、ご飯を買うことも出来なかったらしい。
ぶっちゃけて言うと―― かなり、衰弱していた。

「助かったわ……」
「まさかお前からそんな台詞を聞くことになるとは思わなかったぜ」

まず魔理沙がしたのは、食材捜索だった。
へにゃったままの霊夢をとりあえずこたつに戻し、台所やら何やら、どこかに使える物がないかと駆け回ったのである。
しかし、見事なまでに(そう言うしかないほど)すっからかん、米の一粒さえもなく、 仕方ないと魔理沙は箒で魔法の森の自宅まで飛んで帰った。
速度を競えば一番と公言して憚らない彼女だ、往復に要した時間は二十分もなかったのだが―― 問題は、 適当にセレクトした食材を持ってきた後。
正直、魔理沙は霊夢ほど料理が得意ではない。
一人暮らしをしている以上不得手でもないし、また捨食の魔法を取得していないため、 普段から自分が食べる分くらいは作っている。が、魔法の研究に一日の大半を費やしている彼女は、 料理にほとんど時間を割かない。簡単な食事で済ませるのがいつものパターンだ。
よって必然、割と適当な出来になる。試行錯誤の末完成したのは、白粥だった。
まあこんなもんだろうと、土鍋を持ってこたつ部屋まで行く。

「霊夢ー、飯だぞー」

ぴくり、と動いた、ように見えた。
テーブルの上に置く。待機三秒。のっそり、ゾンビが起き上がるような仕草で、彼女は上半身を九十度立てる。
そのまま、今度は獲物の匂いを発見した獣のように、鼻を土鍋へ近づける。
横に備え付けられた木匙を右手で取り、そこからが早かった。

「ふっ……ぐ、っ、んぐ……っ」
「うわ」

思わず魔理沙が目端を引き攣らせてしまうほど、凄まじい食べっぷり。
素手で土鍋を掴み持ち上げ(熱くないのか)、匙で掻き込むように、口の中へと入れる入れる。
二分を以って、器の中の白粥は、空になった。瞬殺だった。
明らかに無理のあるペースなはずだが、霊夢はけろりとしている。
僅かながら良くなった顔色。それでも完全回復とは行かず、まだ少し眠そうな目で魔理沙を見据え、

「おかわり」
「お……おう」

気圧され、言うなりな魔理沙だった。

結局三度のおかわりを頼み、持ってきた食材をあらかた胃に詰め込んだ霊夢は、 食後のお茶まで魔理沙に淹れさせ、自身はただの一度もこたつから動かず、ほう、と息をついた。

「満腹満腹。お茶がおいしいわ」
「お前な……ちょっとは私を労われよ……」
「普段のツケを返したと思いなさい」

斜め左向かいに座る魔理沙の愚痴を軽く一蹴し、またお茶を一口。
それから、まあ、と苦笑を浮かべ、

「ありがと。助かった」
「元気のない霊夢なんて霊夢じゃないからな。でも、どうしてあんなことになってたんだ?」
「何も、食べてなかったのよ」
「どのくらい」
「一週間」

そりゃ死ぬだろう、と魔理沙は思った。
こいつ本当に人間か、とも。

「五日くらいお茶とお茶菓子だけで過ごしたんだけどね……。まともな食事は本当に久しぶり。 ただの白粥があんなおいしいだなんて、想像もしなかったわ」
「したくもない想像だな……なるほど、家に食材が何もなかったわけだ。 だが、買いに行くとか考えなかったのか?」
「そう思うなら賽銭入れなさいよ」
「宵越しの銭を持たないのが信条だぜ」
「そんな信条今すぐ捨てなさい。あーあ、最近は事件も滅多に起こらないし……とにかく、お金がないのよ。お金が」

博麗神社は、神社としての役割をまるで果たしていない。
ここでいう役割とはつまり、信仰や参拝の対象として、である。
今代の巫女が激しくやる気なしなのに加え、 力の強い妖怪やら一筋縄では行かない人間やらいまいち自覚のない亡霊やらがちょこちょこ訪れて、 しかも霊夢が何だかんだでそれを拒否せず拒絶せず迎え入れてしまうのだから、里の人間が来るわけはないのだった。
そもそも、神社へ続く獣道はそれなりに危ないので、元々参拝客の類はほとんどいなかったのだが。
妖怪の巣窟とまで言われている今、輪を掛けて人間は寄って来ない。
それでも適当に妖怪退治を、能動的に(自分から異変を探しに行く)、 あるいは受動的に(誰かから仕事として請け負う)した結果、その報酬などで暮らしてきた。
働かざる者食うべからず。ついでにそこらから食べられそうな山菜などを摘んだり、そうして生計を立てていたのである。

しかし、明けかけとはいえ、冬は冬。眠りの時期に草木は生えず、実りも先。
蓄えで過ごしていくには、ちょっとばかり足りなかった。

「情けないったらありゃしないわ……。レミリア辺りにこんなこと知られたら、一ヶ月は笑われ馬鹿にされるわよ」
「いや、たぶん紅魔館に泊まれって勧められると思うぞ……」
「いっそ、自分で問題を作りに行こうかしら。 ああ、萃香に人を萃めさせてみんなが持ち寄った宴会の食料で冬を越すって手もあるわね」
「どっちも楽しそうだが勘弁だ」

……いいことを。
いいことを、魔理沙は思いついた。
普段散々世話になっているのだ、たまにはそういうのも面白いだろう、と。
そして、霊夢に借りを作るのも面白いだろう、と。

「ひとつ提案だぜ」
「何? つまらなかったら叩き伏せるわよ」
「しばらく私が泊り込んでやろう」
「……頭おかしくなった?」
「失礼な奴だな。善意だ善意」
「魔理沙の辞書にそんな言葉があったなんて、初めて知ったわ……」
「素で言ってるなお前……。まあ、ツケを返すいい機会だから、とでも言っておこう。どうだ、悪い提案じゃないだろ?」
「私としては、食べる物があればそれでいいんだけど」
「よし、決まりだぜ」

後日、十六夜咲夜が主人の命で霊夢の様子を見に行くと、何故か黒白の魔法使いが甲斐甲斐しく世話を焼いている光景に出会った。
首を傾げながらも、その様子をありのまま報告し、レミリアが即日のうちに博麗神社へ足を運んだのだが、 そこまでは、ここで語るべきではないことである。


>どうというわけでもない、おはなしでした。
>こういうある意味「つまらない」日常をつらつら書き流すのはとても好きだったりします。
>調子を取り戻す、あるいは感覚を掴むような気持ちで。




・博麗神社の紅茶事情


「洋風さが足りないわ」
「…………はぁ?」

珍しく、彼女だけである。
レミリアのお付きではなく―― 単独で、十六夜咲夜が訪問してくるのは、珍しいことだった。
彼女は用事がある時以外、紅魔館の外へは出ない。
メイド長としての仕事がどれほど忙しいのか、霊夢には如何せんよくわからないのだが、 とにかく面倒で難儀なものだということくらいは知っている。
……自分だったら、天地が引っ繰り返ってもやりたくないしね。
と思っていることは、おくびにも出さないのだが。

「だから、洋風さが足りないと言ってるのよ」
「それが何」
「ここはお嬢様に相応しくないわ」
「別に、それで一向に構わないんだけど」
「威厳がないのよ」

威厳も何も、という話である。
だいたい、神社は館と程遠いイメージの建物だ。

「仮にもお嬢様が出入りする場所なのだから、もっと豪華であって然るべきじゃない?」
「それ以前に出入りしないでほしいんだけど」
「でもそこまで求めるのも可哀想だし」
「聞きなさいよ」
「せめて、お茶とお茶請けをもう少しマシにしてもらいたいのよ」
「自分達で用意しなさい。そもそも、あんた達がしょっちゅう来るものだから、 参拝客がぱったりと途切れちゃったんじゃないの」
「元々そんなに来てもいなかったでしょう」

誤魔化すように、お茶を啜る。
渋味の強い緑茶。勿論紅茶とはまるで味が違い、合う茶菓子も、全くの別物。
そして、霊夢は普段から紅茶と洋菓子の類は買ってきていない。
茶請けとして出されるのは、煎餅や和菓子が大半。

「だいたい、あんたの言う紅茶は紅茶じゃないでしょ」
「お嬢様にとっては紅茶よ」
「私は調達しないわよ。どうにかしたいなら、咲夜、あんたが持ってきなさい」
「仕方ないわね……。お嬢様の要望だし」
「ついでにお賽銭も入れて」
「それは嫌」

斯くして、主従揃って訪問する際には、血色の紅茶とそれに合った茶請けが持ち運ばれることになった。
毎度、紅い悪魔が優雅に紅茶を啜る横で、霊夢は一人マイペースに緑茶を口に含むのだが、 気が向いた時だけ、一緒に咲夜の淹れた紅茶を飲むこともあったという。
勿論―― 血の味は、しなかった。


>本当に何も考えず書くとこうなりますよ、という。
>少しずつ形を作っていかないとなぁ。




・博麗神社の献血事情


千客万来。
そんな言葉が、霊夢の脳裏を過ぎった。
本当に千客万来なんて状況であれば嬉しいのだが、 勿論神社の御利益目当てで訪れる人間がいるはずもなく(そういう考えが染み付いているところが実に虚しい)、 お賽銭はちっとも貯まらないのである。
どころか、割と神社は(心無い馬鹿魔法使いやら犬チックなメイドやらの所為で)損壊するため、 時に風通しが良過ぎることもあり。明らかに破壊の爪痕を残した僻地に寄ってくるのは相当の物好きしかいない、 というのは家主の霊夢本人が一番よくわかっていた。
この場合の千客万来は、呼んでも望んでもいないのに、余計な面子が次から次へと集まってくることを指した言葉だ。
魔理沙の次は咲夜。そして次はその主人と来た。

……全く、もっとしっかり動向を見てなさいよね。

おそらく今慌てているであろう紅魔館のメイド長に心中で愚痴をぶつけつつ、小さく溜め息を吐く。
こたつから抜け出た霊夢の隣には、レースの日傘を壁に立て掛け寄ってきた、少女の姿。
巨大、と表現しても差し支えない翼を畳み、紅い瞳で霊夢をじっと見つめている。
吸血鬼、レミリア・スカーレット。紅魔館の主にして、幻想郷内でも指折りの実力を持つ、強大な妖怪。
突っ立っているだけで圧倒的な存在感を撒き散らす彼女は、何故かやたら頻繁に博麗神社を訪れる。
吸血鬼らしく日光には弱いはずなのだが、訪問時間は昼夜関係ない。
日傘だけで何とかなってしまう辺り、本当に弱点なのかと疑いたくなるほどである。

一人だ。
普段なら、お気に入りの従者(咲夜しかいない)と来るのだが、今日は単独行動らしい。
わざわざ歩いてきたのか、それとも面倒だと飛んできたのか、そこまではわからないが、 とにかく厄介事の塊みたいなのがやって来た、という事実には変わりない。
だいたい、

「あんた何で来たのよ」
「遊びに来ただけ。悪いかしら?」
「とっとと帰れ。それに咲夜はどうしたの」
「置いてきたわ。というか、抜け出してきたの。最近咲夜がそばにいてばかりで、肩身狭かったし。自由に出来ないのよね」

顔を合わせて早々の会話が、これである。
生粋のお嬢様。自分が世界で一番だと信じて疑わない性格。
本当に……強大であるが故に、厄介極まりない。
正直、霊夢の顔見知りの中でもトップレベルに扱いづらい、存在そのものが面倒な相手だ。
嫌いでは―― そう、嫌いではないのだが、勿論そんなことまでは口に出さない。

「だから、ちょっと私と遊ばない?」
「嫌。私はこれから夕食の用意をするんだけど」
「じゃあ見てるわ」

手伝う、なんて言葉がレミリアから望めるとは微塵も思っていなかったので、別に落胆はしない。
はいはい勝手にしなさい、と返し、前掛けを着けて必要な食材を並べ台所に立つ。
使い慣れた包丁は、よく研いである。味噌汁に使う大根を切る時も、刃はすっと通った。そのまま間断なく音が響く。
かかかかかかっ、と、リズム良く小刻みに。
レミリアは霊夢の手並みを眺め、感心したように目を見張った。

「速いわね」
「速いわよ」
「いい音ね」
「そうかしら」
「私は喉が渇いたわ」
「お茶ならこたつの上の急須に入ってるわよ。出涸らしだけど」

にべもない。
振り向きもせず作業を続ける霊夢に、む、とレミリアは膨れっ面をし、 それからいいことを思いついたと言わんばかりの表情で、含みのある笑みを浮かべた。
にやり、と。それを霊夢は見ていない。
レミリアが動く。身体ごと。吸血鬼のずば抜けた身体能力で、包丁の軌跡を見切り、 一手目でまず霊夢から刃物を奪いまな板の上に置く。
二手目は下、足払い。霊夢はバランスを崩す。そこですかさず三手目、胸の上から圧し掛かるように、押し倒す。
倒れた。
仰向けになった霊夢に、レミリアが乗っている、という構図だ。両腕を押さえられているため、霊夢は身動きが取れない。
幸い、まだ鍋は噴かしていなかった。

「ちょっと、料理の途中なんだけど」
「喉が渇いたのよ」
「聞いたわ。で、退いてくれない?」
「嫌」
「……どうしてほしいの?」
「紅茶はないのかしら?」
「ないわね。緑茶しかないわ」
「そう。じゃあ、そのまま。あなたの血が、欲しい」

首筋へと、レミリアの唇が近づく。
それを待たず―― 紅い悪魔は、吹き飛んだ。
五歩の距離が空き、姿勢を制御、着地したレミリアは、軽く脇腹を擦る。
"空を飛んだ"霊夢の左手が、指向性の霊力で与えた衝撃。ダメージは皆無だ。しかし、腹が立つ。
博麗霊夢。自由に空を飛び、何物にも縛られない、楽園の巫女。
殺気を周囲に撒き始めたレミリアの前でも尚、その表情は変わらない。剣呑さのまるでない、平穏そのものの瞳。
緊張状態が続き―― 先に解いたのは、レミリアだった。
結局のところ、ある意味、彼女の一人相撲でしかなかったのだが。

「本当、殺る気が削がれるわね」
「私は元からそんなもんないわよ」
「だからじゃない。あーあ、つまらないったらありゃしない」
「子供かあんたは」
「この威厳ある姿を見てわからない?」
「……もう何も言わないわ」

嘆息を混じらせながらも、調理を再開する霊夢。
少しばかり乾いてしまった大根を、また刻む。

「…………っ」
「あら」
「あちゃー……やっちゃったわ。何ヶ月ぶりだろ」

珍しく。
霊夢は包丁で、指を切った。
実際彼女ほど慣れていると、集中力を切らさない限りほとんどミスをすることはない。
逆を言えば、気を抜くと誰だって迂闊な失敗をしてしまう、ということでもあるのだが。
鋭い、切り傷。しかし鈍い切れ味の刃物で怪我をするよりは、遙かにいい。
傷口が鋭利であればあるほど、また治るのも早いからだ。
痛みを抑えるように、傷の辺りを摘まむ。力を加え、止血。
少しこのまま放っておけば、血は止まるだろう。料理はそれからでも構わない。
と思った時、横から小さな手が伸びた。

「喉が渇いた、と言ったんだけど」
「…………それが?」
「おあずけを食らって、余計酷くなったわ。だから―― 丁度良い」
「ちょっ、どうする気、っ!」

見た目からは考えられない剛力で指が引き寄せられ、咥えられる。血色の唇、その中は熱く、ぬめっていた。

「ん……、んく、ちゅううううう」
「や、ちょっとくすぐったいっての!」
「……んぷ、れろ……ぷはっ。ごちそうさま」
「前から思ってたけど……あんたって本当、最悪ね」
「褒め言葉よ、それは」

指を離したレミリアは、些か淫靡な笑みを浮かべる。
小さな創傷では、流れる血液も少量だが―― とりあえず、軽く喉を潤すには、充分だったらしい。
霊夢は血こそ止まったものの、唾液だらけになってしまった指を一瞬眺め、はぁ、と嘆息してから水で洗った。

「じゃあ、私はあなたの手が空くまで待ってるわ」
「今すぐ帰れ。……で、うちで食べてく?」
「咲夜が間に合わなければ」
「意地の悪い主人を持って、従者は苦労するわね」
「苦労掛けてるわ」
「本心じゃない癖に」
「まあ、本心じゃないけど」

約一時間後、霊夢お手製の夕食は完成する。
そのタイミングに合わせたかのように咲夜がレミリアを迎えに来たのだが、 結局、主従揃って博麗家の夕食の席に並ぶこととなった。
食事の量は、ぴったり、三人前。


>そんな来客に甘いから食材がなくなるんだと思いますが。
>荒んでるようで、実は結構ぬるい関係、というイメージ。
>些か喧嘩っ早いレミリアお嬢様にはちょっと手を焼いてる霊夢さん。
>さて次回は、寂しい子(偏見)です。




・博麗神社の裁縫事情


アリス・マーガトロイドは人形遣いである。
彼女自身は種族としての魔法使い(ただし元々は人間)だが、その魔力は基本的に、人形を介して使用する。
極小の針穴に糸を通すかのような精密動作を可能にする、繊細かつ絶妙な魔法。
数十体の人形を全く同時に、それぞれ別の作業に当たらせられる統括能力。
故に、彼女は人形を行使する者、人形遣いと呼ばれるのだ。
そんな彼女が魔法と同じくらい得意なのは、人形を作るのに必要不可欠な技術、即ち裁縫だ。
一部、曰く付きの物などを除けば、人形のほとんどは彼女のお手製であり、 その緻密さを見る限り彼女の高い技術が理解出来るだろう。

さて、ここで重要なのは、アリス・マーガトロイドが人並み以上に裁縫が出来るということだ。
糸で布を縫いつけ繋ぐ技術は、何も人形作成の時だけに役立つものではない。
人間が着る、衣服に関しても、裁縫の能力は遺憾なく発揮される。

「……だからと言って、何で私がこんなことを」
「きりきり働きなさいよ」

博麗神社、室内。
そこでアリスは霊夢と共に、黙々と縫い物をしていた。
変則的な緋袴と白衣。巫女装束というには些か変形し過ぎていて、 緋袴ではなくスカートに近い。白衣も何故か腋の部分が空いている。
霊夢が本当に巫女なのか、アリスは正直疑っているのだが、 神社に住んでるし(神職としての仕事をしてるかどうかは微妙)、一応掃除もしてるし(よくサボる)、 服の色合いはそれっぽいし(あくまでそれっぽいだけ)、 玉串も持ってるし(殴ったり突いたりするところしか見ていない)、 何より皆がそう言うのだから、一応巫女でいいのだろう、と思う。
とにかく、霊夢自身が公言して憚らないので、それは巫女服でしかなく、 そして現在アリスが縫っているのは霊夢のボロボロになった装束なのだった。

発端は、ふらっとアリスが神社に顔を出したところから始まった。
彼女としては何となく、研究が一段落したのでちょっと息抜き目的の散歩で寄ってみたのと、 ついでに魔理沙辺りにでも会えたらどうしようどうしよう嫌ね私ったら、と言った感じでわざわざ足を運んだのだが。
箒を他所に放り投げてぼんやりしていた霊夢と目が合うや否や、 ちょっとこっち来なさいと手を引かれ、強引に連れてかれた結果が裁縫作業(強制)である。
……全く訳がわからない。

「ねえちょっと霊夢」
「何よ」
「もう一度言うけど、どうして私がこんなことしなきゃならないの?」
「負債だからよ」
「……負債?」
「あんたらしょっちゅううちで暴れて、その度に私が止めに入ってるでしょ。 戦闘の余波で毎回毎回服が破れるわ裂けるわ。だから」

要するに、葱を背負ってきた鴨が自分らしかった。
嘆息。運が悪かった、とアリスは散歩にでも出ようかしら、 なんて決断してしまった己をとりあえず心中で罵倒してみる。
勿論それで現状が改善されるはずはなく、惨めな気持ちになるだけだった。本当に運がない。不運にも程がある。
しかし、いくら嘆いてもどうしようもないことは、アリス自身が身を以って知っていた。
とにかくこの春巫女はマイペースなのだ。自分の世界で生きていて、自分の判断を信じている。
誰にも束縛されず、また流されない。そういうもの。
やるしかないか、と呟いて、

「それで、あと何着あるの?」
「五着くらいかしら」
「どれだけ同じ巫女装束を持ってるのよ……」
「いいからさっさと手を動かす」
「はいはい」
「終わったら、ご飯くらいはご馳走してあげるから」

―― まあ。
何だかんだで、悪いことばかりでもない。
魔法使いとて、たまには孤独にも飽きるのだ。
少しばかり賑やかな、一人だけではない食事も、いいだろう。

「……うわ、何その速度」
「私は人形遣いよ。裁縫なんて夕食前ね」
「確かに、夕食前だけど」


>ほんのちょっとだけ寂しがり屋な人形師。
>どれだけ人の形を作っても、それは人には成り得ないが故。
>時々ふらっと顔を出しては、白黒の魔法使いさんとバチバチ火花を散らすそうです。
>犬猿の仲。あるいは、喧嘩するほど仲が良い。




・博麗神社の体術事情


顕界と冥界を隔てる境界が曖昧になり、『あちら』から『こちら』への、 あるいは『こちら』から『あちら』への行き来が容易になってしまって、もうだいぶ時間が経った。
幽明の境が薄まってしまったのは本来かなり重大な問題であるはずなのだが、 直す役割を担っている妖怪、八雲紫が全くやる気を見せず、他に手を付けられる者もいないので、 結果とりあえずそのままにしてあるのだった。
まあ、それは別に構わない。白玉楼の桜は綺麗だし、何だかんだで暇潰しには事欠かない場所だ。
若干到着までには面倒な障害があるが、それも見物代だと思えばいいだろう。
しかし――――

「………………」
「……早くその物騒な物を仕舞いなさいよ」
「断る」
「何で」
「幽々子様の命だ。博麗神社のお茶請けを持ってきなさいと言われた」
「そんな命令に従わないでよ……」
「ついでに霊夢と戦って来いと言われた」
「……あのアホ亡霊、今度とっちめてやる」
「覚悟!」
「ああもう、何で私がこんなことをっ!」

白玉楼の庭師、半身半霊の剣指南役、魂魄妖夢。
こいつの上司、西行寺幽々子がまた随分な曲者というか訳のわからない面倒な奴で、 たまにとぼけたことを言っては愚直な庭師をけしかけたり遊びに出したり付き従わせたりする。
厄介さで言えば、紫と半々だ。
……いや、紫の方が明らかに性質悪いわよね。
と、当人に面と向かって言えば逆に喜びそうなことを考えつつ、飛んできた一太刀を躱す。
色々と斬られたら困るので、既に境内、広い場所へと誘導済み。
すれすれの位置で、続けざまに閃く長刀、楼観剣を避けていく。
妖夢の太刀筋は、真っ直ぐだ。それは本人の性格故か、 はたまた教え故かは判別し難いが(おそらく前者)、その分見切り易い。
隙を見て護符を投擲、距離を置く。暗黙の了解に近い、これはスペルカード一切無しの、 軽い手合わせのようなものだ。だからこそ、両者共に容赦がない。

「ふっ!」

のらりくらりと、霊夢は躱す。躱す。躱し続ける。
回避と攻撃はほぼ同時。袈裟の太刀は左に一歩動けば当たらず、その流れで足下に蹴りを一発。
妖夢がバランスを崩し、そのタイミングに合わせ玉串で刺突。
仰け反って避けられ、お返しとばかりに楼観剣で妖夢が突きを見舞えば、それを玉串で逸らす。
どれも紙一重。正中に真っ直ぐ蹴りを入れ、再び距離を取り、さらに護符をばら撒く。
回避軌道を限定するものに、追尾機能の付いたもの。どれも霊力を込めた、博麗の巫女特製だ。
死にはしないが触れれば痛い。服が襤褸切れになる程度。肌が少し焼ける程度。
それを妖夢は少しずつ、斬り開いていく。初めから自分を狙ってない分は無視し、 目の前にある弾だけを、刀と鞘で裂き弾きながら。
一定の距離を取りつつ弾幕を展開する霊夢に、あくまで近接戦を望む妖夢。
ふわり、ふわりと迂回する霊夢よりも、ただひたすらに突き進む妖夢の方が、速い。
いくつかの傷と引き換えに、追いついた。

「取った!」

神速で霊夢の右へと。後の先。相手が動作を終え、次に移ろうとするまでの、僅かな間。そこを狙う。
胴を凪ぐ一閃。妖夢が振るった楼観剣は、銀色の軌跡を描き、霊夢の脇腹目掛けて走る。

「…………!」
「外れ」

……当たる、軌道のはずだった。
しかし霊夢の声は、背後から。しまった、と振り向こうとした時には遅く、
―― トン、と背中に玉串の先が触れた。
幻想空想穴。一瞬で彼方から此方へと移動する術。

「んじゃ軽くおしおきね」

軽い口調だな、そう思う間もなく、妖夢は吹き飛ばされた。


「……悔しいが、まだまだ私の力不足ね」
「そう? 私も結構危なかったわよ?」
「嘘をつけ。余裕の表情だったくせに」

何を言われても、慰めにしか聞こえない。
あの後わざわざ霊夢に手を差し伸べられ、それで敗北が決まったことを思い知らされた。
本人にそういう自覚はないのだろうが、それは妖夢にとってかなりの屈辱である。
そりゃあ、出来るならば勝ちたい。剣士の性だろう。刀を握る以上、戦う以上、膝を折りたくはないものだ。
しかし何より、主の命を遂行出来なかったことが、悔しかった。

「幽々子様、申し訳御座いません……」
「ほら、さっさと手を動かす。終わったら煎餅くらいあげるから」
「うう……」

楼観剣で、妖夢は薪割りをさせられていた。
要するに、負けた罰として雑用の仕事を請け負うことになってしまったのである。
綺麗な切り口で薪を四等分にしながら、これで命は遂行出来ると安堵する反面、 いいように使われている自分が情けなく感じる。感じるのだが、

「また手止まってるわよ」

ばしーん、と額に飛んでくる護符の衝撃に涙を堪え、敗北の戒めだと己を叱咤する。
……とりあえず、帰ったら幽々子様を折檻しよう。
事の発端、就寝時の隙を付いて彼女から抜き取った白楼剣を人質にあんな無茶な命を出した主人に、 博麗神社の裏手から殺意を送る妖夢だった。

「…………あら、何だか寒気が。不思議ねえ。それより妖夢はまだかしら。 そろそろ待ちくたびれてお腹が空いちゃうわ」


>やっぱり戦闘描写は苦手です。スペルカード方式を上手く使うと、 >もっと「魅せる」戦いが出来るのかもしれませんが。
>妖夢さんの口調はいまいち掴めず。一定しないと言いますか。
>あと、ちょっと幽々子様自由過ぎです。




・博麗神社の花見事情


幻想郷内で、最も美しく桜が咲き誇る場所。
博麗神社はそう呼ばれることもある。数の多さでは冥界、白玉楼に及ばないものの、 春に訪れた者は皆その優雅さ、幽玄さに見惚れるという。
故にか、連日(主に白黒の魔法使いが幹事になって)花見という名の宴会が行われることになる。
博麗霊夢に縁ある人間や妖怪が集まり、酒を飲み交わす席。
しかしそれとは別に、個人的に足を運ぶ者も、少なくはない数でいるのだ。
紅魔の主。境の妖怪。嘘を吐かぬ鬼。そして彼女も、その一人だった。

「ねえちょっと、もう少しないのかしら」
「黙って帰れ」
「つれないわー。私はお客さんだから、丁重に接さないと」
「そんな図々しい客なんて知らないわよ」

などと会話している間にも、盛られた大福をひょいぱく、ひょいぱく、と口に運び、あっという間に飲み込んでいく。
些か食い意地の張っている来客だが、その正体は亡霊だ。
西行寺幽々子。白玉楼の住人、華胥の亡霊、冥界の主。
ちょっと(だいぶ)前に、幻想郷から春を集めさせ(主に妖夢に)、 その際霊夢他二名とドンパチをやった、お騒がせかつ傍迷惑な人物である。
向こうでは食っちゃ寝の毎日で妖夢を四方八方へ走らせているらしいが、 意外と腰の軽い彼女はひょいひょい外を出歩く。しかも、事ある毎に咲夜を連れるレミリアと違い、 従者たる妖夢に内緒で(置いてきた、ともいう)出かけることも珍しくない。
能天気にして奔放。嫌な意味で自由。
妙に(亡霊らしく)ふわふわとして掴みどころのない、相手にするには面倒な性格なのだった。
たまに妖夢が「幽々子様は……」で始まる愚痴をこぼしにやって来るのだが、 その時の可哀想な表情を思い出し、霊夢は憂鬱そうに息を吐く。

「だいたいその大福、あんたが持ってきたんでしょ。私へのお土産じゃなかったの?」
「あら、そんなこと誰が言ったのかしら?」
「あんたよ幽々子」
「そうだったかしら……酒の肴にいいと思って、つい」
「つい、で二十個平らげる奴がいるかっ」
「ここにいるわよ」
「……そうね、そこにいたわね」

追随は諦めたとばかりに、右手の杯を持ち上げ、くいっと傾ける。
喉を通るのは灼けるような熱い透明の液体。身体が芯から温まっていく感覚。
ふぅ、と吐息をひとつ出し、視線を上へ。
二人は縁側に座っていた。そこから見えるのは、満開の桜。
風に煽られては花弁を散らし、優しい花の香りを漂わせる。
幽々子も優雅な仕草で杯を口元に運び、

「綺麗ねえ」
「私は毎日見てるから、あまり感慨もないわ」
「でも、酒はおいしくなるでしょう?」
「まあね。花見酒も乙なものよ」
「みんなで飲めば尚更かしら」
「騒がしいよりは大人しい方がいいわ」
「私はどっちも好きだけど」
「私も」
「気が合うわね」
「ちっともそうは思えないけど」
「あら、私もそう思ってたところよ」

賑やかなのも一興ではある。
が、静まった水面のような心持ちで飲む酒も、また悪くはない。
仄かに酔いながら眺める桜は、どことなく、楽しそうで。
ああ、こいつも酒の席に混じりたいのかもしれないと、霊夢は苦笑した。

「……あ」
「桜酒ね。素敵じゃない。私のところにも飛んでこないかしら」

杯の中、浮かんだ花弁と一緒に酒を呷る。
微かな異物感。柔らかい舌触りと、桜の香りが鼻に抜ける。
……本当、いい塩梅だわ。
たまには面倒なのと付き合ってもいいだろう、なんて。
珍しく、気まぐれに、霊夢は追い返すのを止めにした。

「今日の夕食は何かしら?」
「やっぱり帰れ」


>一番貴族めいてるのはレミリアさんですが、一番優雅な仕草が似合うのはゆゆ様でしょう。扇持って舞ってみたりね。
>妖夢さんは苦労人。主人に振り回される毎日。頑張れ。




・博麗神社の日射事情


「今すぐ帰れ」
「あなたそれ誰にでも言ってるの? 失礼ね」
「だって迷惑だもの」
「まさか。この私のどこが迷惑?」
「全部よ全部」
「あら、素っ気ない」

大概霊夢は参拝客なら諸手を上げて歓迎するが(お賽銭を入れないかと期待して)、 ちょっかいを出しに来ただけの者にはほぼ例外なく追い返そうとする。
勿論それは言葉のみ、実際心憎からず思っていて、 素直になれないから酷いことも口にする―― という訳では全くなく、本気で帰ってほしいらしいのだが。
まあ、あまり強く言わないので、霊夢の第一声は九割九分九厘の確率で無視される。決まり事のようなものだ。
しかし彼女とて、誰にも彼にも、人間にも妖怪にも真の意味で公平な博麗霊夢とて、 自分からは関わりたくない相手というのもいたりする。
その一人が、今訪れた人物、風見幽香。幻想郷に住まう妖怪の中でも古参と呼べる、強大な力を持つ存在である。
最近は太陽の畑で向日葵に囲まれて暮らしているようだが、 ちょくちょく神社に訪れては霊夢をからかいに来るのだった。それ以外の理由はない。

「最近どうにもやる気が起きなくてねぇ。花と一緒に日々寝て暮らすのも、悪くないと思うようになったのよ」
「いいことじゃない。私としてはそのまま永遠に暴れないでほしいんだけど。神社に来なければもう最高」
「それは無理ね。私に私自身を否定しろと言ってるようなものよ。 だいたい、あなたをおちょくるのがどれだけ楽しいか」
「……お茶出さないわよ?」
「もう飲んでるわ」
「二杯目は注がない」
「あらつれない。でも最後の一切れは貰うわね」
「ああっ、私の羊羹が!」
「ふふ、おいしい」

もぐもぐと、それはもうおいしそうに咀嚼する幽香。
当然ながら、嫌がらせをしたいがために見せつけているのである。
どことなく悔しそうな霊夢を一瞥、満足そうに縁側から立ち上がり、 日傘をくるりと回して一歩。スカートがふわりと舞い浮かぶ。
幽香の視線の先には、地味な草土。春も終わりかけ、花は既におおよそが枯れてしまっている。
そこについと指を向け、それから軽く閉じた手を真上に開くと、

「どうかしら」

散ったはずの花が咲いた。
いつ植えたのか、というかここで育つのか、向日葵も数本混じっている。
おそらく彼女の嗜好だろうと霊夢は結論付け、嘆息。

「どうもこうも、合わないわ」
「そうね。ちょっと色が明る過ぎるわね」
「わかってるならやらないでよ……」
「あなたの困ってる顔が見たくて」

物凄いストレートだった。反論する気も失せる。

「少し、日当たりが悪くない?」
「ちゃんと育ってるんだから問題ないと思うけど」
「咲き方が弱々しい気もするのよね。この壁がいけないのかしら」
「それは壁じゃない。神社の一部」
「壊せばもう少し元気になってくれると思うのよ」
「止めなさい」
「せーの、」

まるで聞いちゃいない。
おもむろに日傘を畳み、振りかぶった幽香の次の行動をすぐさま察知した霊夢は、迅速に身を起こす。
勢い良くスイングされた日傘が壁をぶち壊す直前に、玉串で受け止めた。

「あんた自由過ぎるのよ本当。出入り禁止にするわよ」
「あらごめんなさい、怒らせちゃった?」
「別に怒ってはいないけど」
「なら結果オーライね」
「あんたが言うか」

再び日傘を開き、幽香は縁側に座る。
次第に傾いてきた陽は、斜めの軌跡で畳の方まで射し込み始めていた。
西陽を眩しい、と思いながら、霊夢は空を見上げる。
まだ陽射しは暖かい。これが湿り、暑くなってくると、ああ夏がやって来たなと実感するのだろう。

「……二杯目、飲む?」
「どういう風の吹き回しかしら。殊勝な心掛けね」
「いきなり親切心が萎えたわ」
「そんなこと言わず、頂けないかしら」
「仕方ないわね」

気に食わない相手でも、話していれば楽しくなることもある。
今日くらいはいいわよねと、自らの心の機微を気まぐれと判断して、霊夢は温くなった緑茶を啜った。
苦い。……羊羹があれば、丁度良い味だったのに。
明日ももし来たら、箒で追い払ってやろうと思った。


>何か霊夢さんお茶飲んでばっかりだな。
>いやまあ、毎日そんなもんだと思うんですが。
>ラスボス勢と負けず劣らず自由で我が儘な幽香さん。
>力の強い奴等はどうしてこうも奔放なんだろうか、と悩みながらも、
>無理に帰らせたりはしないのでした。あ、魔理沙もか。




・博麗神社の盗撮事情


ペンは剣よりも強し。
つまり、物理的にして直接的な、形のある力よりも、 精神的にして間接的な、目に見えない力の方が遙かに厄介ということである。
時に誹謗中傷は真実を歪め、美談賞賛は対象を神格化する。
主観ではない、客観の操作と誘導。それこそが、剣よりも強しと言われるペンの力なのだろう。
しかし、射命丸文にとって、新聞とはただ面白可笑しければ良いというものではなく、真実を書くものである、と思っている。
勿論、個人で取材から記事の編集まで全てをこなしているのだから、 多分に主観が入っても仕方ないのだが(それを人は誇張、あるいは嘘と言う)、 貴重なネタの前では些細なことだ(些細と断言してしまえるところが自覚のない危険さ)。

まあ―― 兎にも角にも、まず必要なのはネタである。
ネタがなければ記事は書けない。記事が書けなければ号外も発行出来ない。それは由々しき事態だ。
故に彼女は、空を駆ける。幻想郷随一と謳われる、鴉天狗の速度を以って。
風のように速く、ネタの匂いがする(比喩)現場へと向かう。
そんな彼女が、特に最近頻繁に様子を見に行っているのが、博麗霊夢の住む、博麗神社だった。
巫女の行くところ事件あり。代々博麗の巫女は異変を解決する役割、 もしくは義務を背負っており、特に大きな異変、幻想郷中に影響するほどの何かがあった場合、 必ずと言っていいほど動きを見せる。それを追いかければもれなく異変の原因、正体を知ることが出来るわけだ。
そうでなくとも、今代の巫女は面白い。かつてないほど暢気で、やる気がなくて、 掴みどころのない不思議な人間。彼女の周りには強大な力を持つ妖怪や、 楽しい性格をした人間が良く集まる。その所為で里の人間はほとんど神社を訪れなくなったが、 ブン屋である文にとっては願ったり叶ったりだった。
何しろ、見張っているだけでネタが転がり込んでくるのである。

「ということで、今日もひっそり様子見をしているわけですが」

草葉の陰に隠れ、息を潜めて写真機に手を添えたまま。
遠巻きから、文は霊夢をじっと観察していた。
鴉天狗の視力は高い。少しくらい離れていても、全く問題なく見える。
現在霊夢は湯飲み両手に一人お茶会の最中。目を細め、箒は傍らに置いてぼんやりしている。
先ほどまでは掃除(あまり動かず同じところを延々掃き続ける行為が掃除と言えれば)をしていたのだが、 突然、唐突にぽいっと箒を放り、奥に引っ込んだかと思えばあの調子である。全くやる気がないとしか考えられない。
毎日、博麗霊夢はあんな感じだ。誰かが来ない限りは、適当に掃除をし、 日がな煎餅など齧りつつお茶を啜り、食事時になれば自炊して、夜が更ける頃には床に就く。
正直、全然巫女っぽくはない。巫女の仕事? 何それ?  と訊けば返ってきそうなくらい、気の抜けた日常にしか見えないのだ。
それでも客が訪れれば嫌そうにしながらも応対し、 会話を交わしたり弾幕勝負を挑み挑まれたりする。あくまで気楽に、肩肘張らずに。
不思議な人間だ、と文は思う。どんなに強大な力を持つ妖怪と対峙しても、彼女はまるで物怖じしない。
かといって警戒しているわけではなく―― そう、誰に対しても、同じように接するのだ。己が規律に従って。在るがまま。
……面倒臭がりで、能天気で、いまいち力あるようには見えなくて。
それでも何故か、霊夢は彼女達を引き寄せて止まない。
だからこそ、記事のし甲斐があるのだ。暢気な楽園の巫女は、時に楽しそうなことをしてくれるから。

「あっ」

思わず指が動いた。
シャッターチャンス。かしゃり、と音がする。
現像は戻らないと出来ないが、おそらく、 写真には霊夢がくしゃみをして盛大に飲もうとしたお茶を噴き出した場面が写っているだろう。
これを、記事のネタにするには些かつまらないものと見るべきか、 貴重な霊夢の弱みを握ったと取るべきかはわからない。
ただひとつ確かなのは、

「………………」

口周りを拭き取り、奥に一旦引っ込んで玉串を手に戻ってきた霊夢が、 ぎろり、と強烈な視線を物陰に隠れているはずの文に対し向けていることだった。
どれだけ地獄耳なのか。シャッター音で、バレたらしい。
文は翼を展開、大空に羽ばたく。それを追いかける形で、霊夢は颯爽と、羽も持たず人の身で、飛び上がった。

「この出歯亀天狗っ、待ちなさーい!」
「待てと言われて待つ人間がどこにいますかー!」
「あんた妖怪でしょーっ! だから大人しくその写真機を渡せーっ! 私の恥ごと粉々に破壊してやるーっ!」

背後全面、壁のように展開した弾幕をちらりと見やりながら、 ああ、だからこの春巫女を追いかけるのは止められないと、文は苦笑した。

「速さ勝負で、私に敵うと思ってるんですかー!」
「逃げられる前に潰すわよ!」

慣性を殺さずに、また一枚、くるりと振り返り、文はシャッターを切る。
そこに写っているのは、まあいつもの、けれど少しばかり怒り気味な、霊夢の顔だった。


>結局この後どうなったかは謎。
>ちょうどふらふら飛んでいた夜雀やら何やらが巻き込まれたのかもしれませんが、
>運が悪かったと思って諦めましょう。
>一番問題を起こしてるのは、博麗の巫女自身なのかもしれません。
>いやしかし、文たん書くの楽しいなぁw




・博麗神社の薬箱事情


「置き薬の、様子を、見に来たんだけど……」
「使ってないわよ」

即答。中身を見ず箱も開けずに、である。
どうでもいいけど竹箒って砂も一緒に掃いちゃうわよね、と本当にどうでもいいことを考えながら、 地面に引っ掻いたような跡を付けつつやる気のない掃除をしていると、兎が一羽現れたのだった。
一羽というよりは一人だろうか、二足歩行する兎は兎と言えるのか、 じゃあ自分と彼女では二人なのか、それとも一人と一羽なのかを考え、 結果、何となく霊夢は耳を引っ張った。まるで前後が繋がっていないが、霊夢としては至極論理的な思考らしい。

「ひゃっ! ちょ、ちょっと、何を!」
「あったかいのねー……血が通ってるからかしら。付け耳っぽいのに」
「本物だって、あ、痛い痛い、引っ張り過ぎ!」

そろそろ紅い瞳で睨まれそうだったので、霊夢はぱっと手を離した。
根元(要するに頭)をすりすりと擦りながら、涙目で見つめる兎。
兎と言っても、ただの兎ではなく、月の兎である。鈴仙・優曇華院・イナバ。
やたら長ったらしい名前なので、大概鈴仙、もしくはうどんげ、と呼ばれる。
イナバ、という呼称を使うのは、彼女が住む永遠亭の主人、輝夜くらいだろう。
そんな彼女は、師匠である八意永琳の命を受け、薬売りの仕事をしている。
里の人間には不気味だと敬遠されているのだが、霊夢にはそんなこと勿論関係ない。
一度叩きのめした経緯もあり、それなりに話はする間柄だ。
まあそれ以上に、狂気の瞳も霊夢相手ではほとんど効かないことが、 彼女の気を少しばかり和らげているのかもしれなかった。
目を見て話せるという要因は、かなり大きい。

「で、何しに来たの?」
「さっき言ったでしょ……。置き薬の様子を見に来たの」
「だから、使ってないわよ」
「開けて見てもいないのに?」
「当の家主本人が言うんだから間違いない」
「失礼します」
「あ、ちょっと!」

一応靴を脱いで(それくらいの礼儀は心得ている)、 鈴仙は追いすがる霊夢を無視し博麗神社内住居に入る。
何度か訪れた場所だ、物覚えは悪くないので間取りも多少なら覚えている。
真っ直ぐ、前に来た、薬箱を設置した部屋まで歩き、素っ気なく隅に置かれたそれを開ける。
何が減っているか念入りにチェックし終わったところで、霊夢が遅れて到着した。

「こら、勝手に人ん家のものを漁らない」
「これは売り物。……減ってるんだけど」
「そ、そう? 使った覚えはないわよ?」
「胃薬と酔い覚ましの薬が、少し」
「どど、どうしてかしらねぇ」
「ちょっと前に宴会があったような……。そこで確か霊夢、鍋やらお酒やらをかなり食べてた気がする」
「………………」
「ほら、もうネタは上がってるんだから、観念してお代を……いない!? 逃げた!?」

振り返ると、紅白の巫女は跡形もなく消え失せていた。
遠くにどたどたという駆け足の音。ひとまず姿をくらませて、なあなあになるまで身を潜める気らしい。
逃がしてたまるか、と鈴仙も薬箱を丁寧に戻してから走る。
ここで逃がせば、本当に徴収出来ないかもしれない。
実は徴収できるほどのお金も持ってませんでした、なんて可能性も否定出来ないのだが、それは今は考えずに、追いかけた。
幸い、霊夢の足はそう速くない。いずれ背も見えるだろう。
しかし自分は不運だなぁ、これもある意味『罰』なのかな、と、そんなことも思いながら。
月の兎は、博麗神社を飛び出し魔法の森の方面まで飛んでいく霊夢を捕まえようと、速度を上げるのだった。

「どうにか薬代を踏み倒せば、しばらく食い繋いでいられるんだけど…… はあ、食材は割り勘だからってここぞとばかりに飲み食いするんじゃなかったわ……」

前方、霊夢の呟きは、当然ながら、聞こえなかった。
―― 鈴仙さん、大当たり。


>どうしてこうもお金がないのか。因果応報とも言えるんですが、霊夢さん、もうちょっと宣伝とかしたらどうですか。
>しかしその分レミリアさんとか魔理沙さんとか色々な人に (食事を振る舞ってる分)施し貰ってたりするので、丁度良いのかもしれません。
>うどんげの口調はいまいち掴めず。全体的な傾向なんですが、
>東方のキャラは口調が安定してないんだよなぁ。狙ってやってるのなら凄いんですけど。




・博麗神社の盗難事情


箱を開けると、饅頭が一個無くなっていた。
こたつに入ってお茶を飲んでいると、五枚あったはずの醤油煎餅が何故か四枚に減っていた。
夕食のおかずに作った唐揚げが、気付けば一割ほど姿を消していた。
挙げてみれば、キリがない。博麗神社に於ける食料消失の件は、 ぱっと思いつくだけでも二桁を越している。これはどういうことだろうか。

「いや、まぁ、犯人はわかってるんだけど」

犯行は全て、霊夢が目を離した僅かな隙に行われている。
秒数で言うならほんの五秒ほど、その間に足音も立てず気配も悟らせず室内に侵入し、 物をくすねるような真似が出来る相手を、霊夢は一人しか知らない。
見当が付くからこそ、取れる手段もある。
囮捜査。人物、あるいは物品をわざと対象の目に付くよう無防備に晒し、 その周辺を警戒して、尻尾を出した犯人を捕まえる方法。
実際にやっていることはそんな大袈裟な話ではないのだが、 こたつの上に置いた最中を囮に、霊夢は目を逸らしつつも細心の注意を払っていた。
向こうは、自分を観察していると思っていい。
なら、意図的に隙を作り出し、手を出しても大丈夫、と錯覚させることが重要だ。
堅の表情を弛緩させ、身体の力を抜く。
そして、一瞬だけ張り巡らせていた気をほぼ零に弱めた。

……霊夢は見る。
虚空から伸びる、たおやかな手指を。
それが器の中に入った最中を掴むのと同時、振り向く。

「そこっ!」

座った状態から一気に(力を抜いていたことが幸いした)跳ね、 こたつを飛び越える形で、虚空の手をはたく。
最中が落ちたのを確認しながら慣性で半回転、 先ほどとは逆の手で、今度は相手の手首を取り、引っ張った。
着地。ずるりと、空間の裂け目が広がって見慣れた上半身が飛び出す。
珍しく、悪戯が見つかって少し焦ったような表情だった。

「あら、捕まっちゃったわ」

悪びれもしない。軽い口調。

「あんたね……毎回毎回人の家からお茶請けやらおかずやら掻っ攫って、 私がそれで飢え死にしかけたらどうしてくれるのよ」
「関係なしに一回死にかけてたじゃない」
「してたけど」
「勿論、何もしなかったわ」
「知ってるわよ! 少しくらい役に立ちなさいよ!」
「だって私も寝てたし」
「とことん使えないわよね……」
「あなたに使われる覚えもありません」

八雲紫。境界を操る程度の能力を持つ、古い妖怪である。
霊夢とは幽々子との一件以来、それなりに交流がある(一方的に紫がちょっかいを出しに来る)のだが、 誰も彼女の所在を知らないため、こうして本人が尻尾を出した時にしか会えない。文句のひとつも言えない。
とにかく訳のわからない性格で、享楽主義的な面もあり、無類の語りたがり。
言動の九割は真偽の判別が付かず、嘘も山ほど吐く。
幻想郷を最も愛していると豪語し、いつも寝てばかり(冬は特に)で、 宴会の席には気まぐれに顔を出す、全く油断のならない相手だ。
彼女の能力は本当に厄介で、基本的に防ぎようがない。
それは何も概念的、論理的な意味のことだけではなく、あまりにも神出鬼没に過ぎるが故、察知出来ないのだ。
気付いた時にはもう遅い。両手の指でも数えられない、 博麗神社食料消失(盗難)事件は、全て彼女の手によるものである。

「まあ、捕まっちゃったものは仕方ないわ。いいでしょう、お茶の席に混じります」
「呼んでないから今すぐ帰れ。で、これまで盗んだ物と同じ分の食料を私に返して」
「もうないわよ。食べちゃったもの。当たり前じゃない」
「ちょっと開き直り過ぎ」
「事実を言うのは悪いことかしら」
「歯に布着せないのは褒められたことじゃないわね」
「済んだことは水に流しましょう」
「時効にするにはまだ早いわよ」
「もう、じゃあどうすればいいのかしら?」
「………………」
「わかったから、そんな怖い目をしないで。ちょっと待ちなさい」

危なげなく隙間から抜け、こたつに入った紫は、折り畳んだままの扇子ですっと宙空をなぞる。
そこに新たな空間の裂け目が作られ、手が突っ込まれた。
ええとこれだったかしら、いやいやこっちかもしれないわね、とごそごそ探ること一分弱、引き抜かれた手には、

「……お酒じゃない」
「あら、不満? 春も終わりかけ、最近は宴会もちょっと減ってきたし、昼に飲む酒もまた格別だと思うのだけど」
「くれるんならいただくわ。お猪口持ってくる。……絶対変な挙動は見せないように。次何か減ってたら突くわよ」
「最中は食べたら駄目?」
「一個なら許す」

強大と言われる彼女を前にしてさえも。
霊夢は、少したりとも物怖じしない。
それを可笑しく、また好ましく感じながら、紫は最中を口にする。
濃い餡の甘味と、柔らかい歯応えが、おいしかった。


>ゆかりんは実は凄く好きです私。
>しかし、事ある毎に食料盗まれてたらそりゃ霊夢さんも怒るよなぁ。
>あと、密かにゆかりんは酒豪設定。萃香が友人だし。




・博麗神社の清掃事情


おおよそ、家事の類というものは力仕事である。
炊事、洗濯、清掃の三種を家事とするならば、もっとも労力を必要とするのは清掃だろう。
その場所の広さにもよるが、状況と場合によっては一日で終わらないことも儘あるのだ。
炊事なら、重い鍋を振り回し、こまめに手を動かし包丁で食材を刻むのみならず、盛り付けには集中力を必要とする。
洗濯なら、種類の違う布を、扱いに注意しながら濯ぎ、丹念に洗う作業が要求される。力を込めねば汚れは落ちない。
そして清掃なら、隅から隅まで、執拗とも言えるチェックをし、埃や食べ零し、垢などを掃き取り、拭き取っていく。
どれも、やらねばならないことであるのだが、面倒なものは面倒だ。楽が出来るならそれに越したことはない。

「じゃお願いねー」
「わかったー」

そういう意味で、霊夢にとって彼女はとても有り難い存在であろう。
伊吹萃香。幻想郷では姿を消して久しかった、鬼の少女。
山をも個人で崩せるという類稀なる剛力と、密度を操る程度の能力を持つ、これまた最強クラスの妖怪。
よくよく考えずとも、霊夢の周りには人間が束になって掛かっても到底太刀打ち出来ないような者が多くいるのだが、 それをまるで気にしていないのは霊夢らしいと言うべきか。
ともかく、萃香の力はぶっちゃけかなり便利なものである。
密とは濃さ、集める力。疎とは薄さ、散らす力。
それを活用すれば目に見えない小さな何かを一箇所に集めることも出来るし、 逆に大きな物を粉々にすることも出来る。
要するに、掃除をするためにあるような力だった(そんなことはない)。

「萃まれー」

号令を掛けるように、萃香が手を掲げるのと同時。
彼女の目の前に一瞬で物凄い量のゴミが集まり始める。
埃、塵、その他諸々。それらが全て適度に圧縮され凝縮され、片手で持てるくらいのサイズとなった。
境内、室内問わず、博麗神社に散在していたゴミを余すことなく集めたのである。
時間にして、五秒も掛かってはいない。この速度で終わるのだから、 自力で掃除するのが馬鹿らしくなるのも当然だった。

「はい、ご苦労様」
「ねえ霊夢ー、早く早く」

やたら続く宴会の一件以来、何故か萃香は頻繁に神社を訪れるようになった。
特に用があるわけでもなし、適当に顔を出してはお茶請けを摘まんだり、 自分の伊吹瓢から酒を飲んでは酔ってふらついたり、時節毎に、 気まぐれに催される宴会に参加しては騒いだりと、まあその程度である。
彼女の能力は、宴会のために人を萃めることも出来るのだが、 それはやっちゃ駄目、と霊夢が少し強めに言ってから、能動的にはやらなくなった。
だいたい、そんなことをしなくても宴会はよく行われるのだ。
魔理沙とか魔理沙とか、他にも魔理沙とかが幹事になって。
宴会に参加するための資格はひとつ。各人、食材や酒を持ち寄ること。
幹事に呼ばれた者が日程を知り来るのだが、呼ばれなくても来る者 (例えば八雲紫。居場所がわからないので呼びようがない)もいて、 そういう場合も何かを持ってくれば別に文句は起きない。かなり自由なのだった。
萃香の場合、適度に伊吹瓢の酒を提供するのと、 事後処理(誰もやらない後片付け)をすることを条件に、参加しても良い目で見られている。
最早幻想郷では珍しい鬼の存在も、割と簡単に受け入れられるものだ。少なくとも、霊夢達にとっては。
またそれとは別に、霊夢に懐いている萃香は掃除やら何やらを手伝ったりすることもある。
総じて鬼は義理堅く、嘘と卑怯なことを嫌う。
敵対する相手には好戦的で、しかし一度信頼関係を結んでしまえば、 裏切ることのない、良い関係になれる。彼女もその例に漏れず、誠実な性格である。
真実を言わないこともあるが(人はそれを消極的な嘘吐きと言う)。
伊吹萃香は嘘を好まない。故に、誰に対しても公平で、何より自分に正直な霊夢に好感を抱いているのだった。
今日の掃除は交換条件付き。萃香が己の能力で塵芥を集める代わりに、霊夢は酒瓶をひとつあげる、と約束したのである。
ちなみに、その酒瓶は先日紫が置いていったもの。
彼女のことなので、外の世界の酒かもしれなかった。貴重だ。

「持ってきたわよ」
「わーい」

童女のような笑顔。
容姿的に子供の萃香は、笑うと実に幼く見える。
それでも紫の友人、一筋縄では行かない相手なのだが、 何だかんだで霊夢は彼女のことが嫌いではなく、一応お茶請けを横から摘まんでも許す程度には歓迎していた。便利だし。

「ん、おいしい」

……まあ、早速開けてぐびぐび飲む姿は、容姿に似合わぬ(鬼としては合っている)酒豪の手付きと仕草なのだが。
というか昼間から酒か、と思わなくもない霊夢である。

「……ところで」
「何ー?」
「萃めた塵は、どうしたの?」
「あ」

酒瓶片手の萃香の眼前。
塵の塊は、風に吹かれて身を削いでいた。
埃が散る。それは断じて綺麗な光景ではなく、風向き次第では、とても悲惨な状況になるものだった。

「萃香。今すぐ」

低い声を聞いて、小さな鬼は慌てて塵を集め直した。
酒は、それまでお預け。ちょっと泣きかけた。


>萃香可愛いよ萃香。
>一番好きです。萃夢想でのあの歩き方とか仕草とか、ねえ!?
>しかし本当に便利ですよね。塵集め。




・博麗神社の宴会事情


質量保存の法則、というものがある。
物体の総量は変わらず、一の物が零になったり、また逆に零の物が一になったりすることは有り得ない。
質量は常に一定。それが変わっているように見えるのは、ただ単に右から左へと、 見える場所から見えない場所へと移動しているだけのことだ。
食材は等量の料理になり、料理は食事をする者の胃袋に入る。
後に残るのは、それを乗せていた食器だけ。
つまりどういうことかというと、

「いつ見ても嫌になるわよね……」

宴会が終わると、後片付けをしなければならないのだった。
参加者はどいつもこいつもさっさと帰ってしまい、 会場たる博麗神社に住んでいる霊夢は勿論自宅の裏庭に散乱した諸々のゴミやら皿やらをどうにかしなければならず、 現状額を押さえて立ち尽くしているのである。
だいたいこういうのは幹事が率先して片付けをしたりするんじゃないのかしら、と一人愚痴ってみるのだが、 魔理沙にそんなものを求めても仕方ないのはわかっている。
ついでに、そして最悪なことに、最近重要な事後処理要員として役立っていた伊吹萃香も、 今日は酔い潰れて寝てしまっていた。
ふらっとやってきた天狗(射命丸文)と浴びる勢いで酒の飲み比べをしていた所為である。本当にどうしようもない。
今は縁側に放ってある彼女が一度そうなってしまえば、 次の朝まで何があっても目覚めないのは既に知っているので、起こすのは諦め済み。
しかし明日まで見て見ぬふりをしてこの惨状を放置しておくのも嫌なのだから、 後はもう自分一人で片付けるしか選択肢はないのだった。
それにしても―― 酷い光景である。
至るところに一升瓶やら徳利やらお猪口やらが転がっており、箸に小皿に空の鍋、 骨や食べかけの料理まで残っていて、正直近寄り難い空間だ。
思わず目を背けたくなるのだが、宴会の裏側などおおよそこんなものである。
多くの労力と消費の上に、楽しみは成り立っている。誰かがやらねばならない。
だからって何で私ばっかり、と霊夢は思う。
それは確かに理不尽とは言えない思考だが、例えば白玉楼で宴会が行われた時、後片付けに翻弄するのは妖夢一人である。
もうひとつ言えば、ほとんどの場に於いて配膳などを担当しているのは、咲夜や鈴仙だった。
要するに、あまり人のことは言えない。

「まあ、文句言っても仕方ないか」

呟き、裏庭に足を踏み入れる。
まず生ゴミの類を拾い上げ、纏め、次に食器を重ねて台所に運ぶ。
皿は全て洗い、水が切れるまで待ってから拭いて仕舞う。
最後に、裏庭全体に箒を掛ける。目に見えるゴミが多いので、何となく霊夢は掃除している気分が得られた。
さっ、さっ、と端に寄せ、塵取りで回収。捨てる。
綺麗になった。

「……こんなもんかな」

嘆息。ほぼ元通りになった裏庭をひとしきり眺めて、箒と塵取りを戻しに行き、 霊夢は縁側、萃香がぐーすか臍を出して寝こけている隣に座る。
片付けの途中で回収し置いておいたお猪口を手に取り、萃香の懐から伊吹瓢を(当然爆睡中の本人には無許可で)引き抜く。
蓋を開け、注ぐ。とぽとぽと流れる、透明な液体。

「ん、く」

口に含み、軽く流し込んだ。
熱の塊が喉を通るようで、身体は火照る。
見上げた空には欠けた月。宴会の騒がしさがまだ耳に残り響いているから、静けさが余計身に染みた。
は、と熱の篭もった息を外に出す。充分食べて飲んだものだが、酔いが冷めてからの酒は、また別物だった。

「……ま、楽しかったから、いいんだけど、ね」

光の中で影が浮き彫りになるように。
楽しかった時間があると、一人の時の寂しさは倍増してしまう。
それでも、ずっと一人でいればこんな気持ちにもならないのだと、 そう思うと―― 宴の後の始末も、案外面倒には感じないものだ。

「でも、次は絶対片付けやらせてやる」

ただ勿論、それとこれとは別である。
今度宴会があったら魔理沙を縛りつけようと、霊夢は夜空に誓った。


>これにて終了。最後は霊夢さん一人で締めでした。
>ある程度二次創作の下積みは出来た気もしますが。
>まぁ、書く時間がそもそもしばらくないんですけどね。
>そして、時間があってもネタがなければどうしようもありません。
>ちなみに、今回の話の肝は臍出し萃香。可愛いよ。