「ということでマスター、一緒にやってみましょう」
「……は?」

そう言って私が取り出したのは、タッチペンでの操作と高年齢層にも受けの良いソフトがあることで有名な某携帯ゲーム機。
それと、先日里緒さんと佐伯先生が夏祭り中に関係修復の際利用したぶつもり(正式名称は『おいでよ ぞくぶつの森』)です。
ハードとソフト共に、個数は二。言うまでもなく私とマスター用です。

「お前、そんなものどこから持ってきたんだ」
「臨時収入がありましたので」
「……何だそれは」
「乙女の秘密です」
「何でも頭に乙女とか付ければ誤魔化せると思うな!」
「心外ですねマスター。私はれっきとした乙女です。そして乙女には秘密の二十や三十は必ずあるものだと書籍情報で確認しました」
「他にも色々言いたいことはあるが頼むからもっと情報は取捨選択するようにしろ……」
「それで、やるのですか。やらないのですか」
「断ったら?」
「今日のマスターの夕食が紅しょうが漬けになるだけですが?」
「最初から拒否権はないのか……」

頭を抱えるマスターの前に機体とソフトを置き、私は差し込み口にソフトを入れて電源をオンにし起動させます。
ぴこーん、という電子音。画面が光を放ち始め、次第に文字や画像が浮かび上がり明確な形を取っていきます。
ちらりとマスターを見ると、渋々ながら私と同じように起動させていました。その結果に満足し、再度画面を注視。
そこにはポップな字体で『おいでよ ぞくぶつの森』と描かれています。
その下ではぐるぐると、妙に荒んだ……と言いますか、あまり情操教育にはよろしくない景色が移り変わっていました。
クラスメイトがやっているところを少し見たことがありますが、よく企画が通ったものですね。
もしマスターがゲーム会社のお偉いさんならこの画面を見ただけでもすぐ却下したでしょう。
幼い子供が触れただけでも心的外傷(トラウマ)を残しそうなスタート画面を飛ばし、まずは名前決めです。
ここで決めた名前が自分の分身、即ちキャラクター、森の住人になるわけです。
……少し考え、しょうこ、と入力。もうちょっと捻りがあった方が良かったでしょうか。
それをマスターに伝えてみると、

「やめておけ……碌なことにならないから」
「ではマスターが捻ってみてください」
「どんな風にだ」
「…………せりな、と名付けるのはどうでしょう」
「僕にどうしろって言うんだお前は!?」
「勿論、キャラクターに森町先輩を投影して一日の生活を眺めてはにやにやする マスターのだらしない顔を見ようと思っての発案ですが」
「誰がやるかっ」

覗き見れば、マスターは無難にあきら、と入力、決定済み。
あとは性別、容姿をリストの中から選びます。

「何だこのパーツ……」
「残念です。プリン柄の服がありません」
「あってたまるか。しかし、まともなものがないな……」

ある程度予測できていたことですが、目つきが悪かったり妙な髪型だったりと、如何にも俗物っぽいセレクションです。
ここは現実と可能な限り一致させるべきか、それとも思い切って全く自分を投影せず違う人物像を作り出すべきか、 時間にすれば一秒半ほど迷い、私は前者を選びました。名前は自分のものですし、それに倣うのがいいでしょう。
さて、プロローグです。とある村に引っ越してきたゲーム内の主人公、操作キャラクターは、 見事なまでにころっと騙されて欠陥住宅を購入し、多額の借金を背負います。
訴えようにも契約書は完璧で、しかも向こうは金に飽かせて優秀な弁護士を雇い、こちらは泣き寝入りするしかありません。
毎月決まった額の返済を利子付きで迫られ、働き口を探すところから始まりました。

「無茶苦茶現実的なスタートだな」
「製作者はプレイヤーに現実世界の厳しさを伝えようとしたのでしょうか。だとすれば早くも成功していると思われます」
「お前は気楽でいいな……」

馬鹿にされたようです。まあいいでしょう。 冷蔵庫に貯蔵してあるプリンをマスターには食べさせないだけのことです。元から与える気はありませんでしたが。
何だかんだでマスターもそれなりに集中し始めたらしく、しばらく黙々と、時に会話を交わしながら私達は操作を続けました。

十分後。

「なるほど、結構色々なことができるんだな」
「私は埋蔵金を探しに行くことにします」
「どんな村だよ……」

二十分後。

「マスター、大発見です」
「いったい何だ」
「掘った穴に人を落とせることが判明しました。早速埋めます」
「それは殺人事件だ!」

三十分後。

「伐採を始めたらいきなり地主が現れたぞ」
「ショバ代を払えということですね。先日テレビでそのような番組を何度か見ました。何故か地主は決まって強面でしたが」
「脅されてるんだよそれは。気づけ」

四十分後。

「この村の川はマグロが釣れるのか!?」
「他にも、ウニやアワビが獲れるそうですよ」
「どう考えても川じゃないだろう!」

五十分後。

「うわ、本当にカジキマグロがホンマグロの値で売れた」
「一見すればすぐわかりそうなものですが。それとも、この村の住人達は今まで騙されたことがないのでしょうか」
「それはないな……。ていうか、俗物ってこういうものなのか……」

一時間後。

「明らかに誰も使わないファッションがあるだろ……」
「私はプリン型の帽子があったので満足です」
「……製作者はキチガイとしか思えないぞ」
「あ、埋蔵金を発掘しました。五億円の価値があるようです」
「本当に出るのか!?」

ひたすらスコップで地面を掘り返していたら見つかりました。
現れる村人を片っ端から生き埋めにしたのが功を奏したらしく、一定の時期からは全く邪魔が入らなかったのです。
返済の催促も来なくなりましたが、それも良いことでしょう。
マスターはおもむろに、落とし穴だらけの、首だけを上に出した村人がそこかしこに埋まった、 さながら大規模な儀式準備の最中な光景を見て嘆息しました。

「お前、村人全員埋めただろ……」
「……そうですね。どこの家に行っても人がいません。箪笥の中から通帳を盗り放題です」
「モラルハザードにも程がある!」

その後、通信をしてみましょうと申し出ましたが、断られました。
惜しいです。……折角懐の温かい私が卑しいマスターに施しを与えようと思ったのですが。

「止めだ止め。僕は寝るぞ」

電源をオフにした携帯ゲーム機をテーブルの上に置き、マスターは軽く頭を掻きながら自室へ向かいます。
私もセーブ後すぐに落とし、とっ、と小さく駆けて肩に触れました。
……何故でしょう。理由なく、制止しなければならない気がしたのです。
故に言葉は続かず、思考処理を繰り返し、やっと出てきたのは、

「……マスター。歯を磨きましたか?」
「は? いや、まだ磨いてないが」
「ではプリンを食べましょう」

呆然とするマスターの横を抜け、私は冷蔵庫に接近、中からプリンの入った容器をふたつ取り出します。
復路でスプーンも二人分回収し、少々無理矢理な動作でマスターを座らせます。
ことん、とその席の前にプリンを置き、私も向かいに腰を下ろしました。
蓋を開け、絶妙な角度でスプーンを差し入れ、掬ったものを口に運びます。舌で感じるのは絡みつくような甘さ。
噛むほどに固くもないのでするりと飲み込み、二口目に差し掛かろうとしたところで、まだ困惑気味のマスターに訊ねました。

「……食べないのですか?」
「え、あ、いや、だってお前プリンはどんなものでも自分だけ、 僕に食べさせることなんて片手で数えられるくらいしかなかったから、」
「食べるのか飲むのかはっきりしてください」
「飲まねえよ! そもそもプリンは飲むものじゃない!」
「勿論です。プリンを味わわない人間は人間ではありません」
「お前は今かなりの人の尊厳を傷つけたぞ……」
「それで、どうなのですかマスター」
「……別に、いいんなら食べるぞ」

マスターも一口。些か荒い掬い方です。
今度カラメルとプリン部分が最もバランス良く取れる角度について講釈しなければいけませんね。
まあそれは次の機会にするとして、さらりと一杯目のプリンを食べ終わってから、 私は淡々と、黙々と箸ならぬスプーンを進めるマスターの顔を、じっと眺めていました。

「……どうした? 僕の顔に何か付いてるのか?」
「あ、いえ。マスターの顔は正常です」
「その言い方だと何か顔そのものが異常だったみたいだな……」

未だに―― 私は、感情というものをしっかりと理解できてはいません。
辞書を引いて出てくるような意味は知っていても、どんなに言葉で説明することが可能でも、 それは理解しているということにはならないでしょう。ですが――

「おいしいですか?」
「まぁ……たまには、悪くないさ」

マスターとこうしている時間が「楽しい」のは確かで。
私は今、そんな「気持ち」を尊く感じます。
心とはきっと、それだけのものなのかも、しれません。

……それはそれとして、明日はプリンの補充をしなければ。
本当は、マスターにあげるプリンなんてひとつもないのですから。



硝子さんのキャラがいまいちよく掴めていません。
あと、書く前に化物語読んでたから影響もろに受けてるかも。
つかそもそも、ここ来てる中でれじみる読んでる人、いないよね。