■あとがき



 私は、明確に「これだ」と思えるような恋をしたことがありません。
 そんな人間が真っ向から「恋愛とは何か」というテーマに挑むのは、なんかこう、自殺行為? 無知と恥を晒すだけなのでは……? ってな感じでしたが、一度始めた物語はなるべく終わらせてあげたい、という信念の下、色々考えながら、どうにか書ききることができました。
 第一話の初出が2007年7月。今はもう2017年6月も終わりの頃なので、完結させるのに十年近く掛かっちゃいました。絶対もっと早く終わらせられたよね……。
 原稿やったり遊んだりテンション下がったり仕事忙しかったり、実際の理由と言い訳は半々なところですが、まあ無事ここまで来られてよかったです。ちょっぴり燃え尽き症候群。
 さて、以下あとがきと表した雑多な所感を綴ります。マジでまとまりないのでご注意を。

 今だからこそぶっちゃけますが、原作である『ROOM NO.1301』のテキストは、正直お世辞にも上手くないです。それは続巻を追いかけていた当時から感じていたことで、十年前の自分は「もしかして自分ならもうちょい綺麗な文章でやれるのでは」とか勘違いしちゃったわけです。実際文章的にはそこそこ整ったものになっているかと思いますが、むしろ原作の恐ろしいところは、あれだけ無茶苦茶なストーリーラインなのにギリギリ破綻してない、奇跡的な物語のバランスなのかなと。
 劇中における絹川健一という人間は、傍から見れば割と最低な男の感もあり、複数人と肉体関係は持つわ、千夜子ちゃんの初々しい告白はOKしておいて冴子と寝たりするのにほとんど罪悪感持ってないわ、姉とセックスした時も最初は結構快楽に流されてるところがあるわ、いやお前エロゲの主人公じゃないんだから、という人物像です。その表現はおそらくあながち間違いでもなくて、どうも健一には「自分から相手へ向ける感情」が希薄なんですよね。別に相手のことをどうも思っていないわけじゃないけれど、相手が望んでいたから応える、相手が求めたからそうする、みたいな。受動的というか自動的というか、実際彼が自分から本当に求めたのは、蛍子だけではないかと思うのです。
 十三階に集う人間はまあだいたいみんなどこかがズレていて、常人ならぬ感性を持つが故に他人の心と同調できず理解もできない綾、ある意味もしかしたら一番真っ当で愛が深いからこそ不器用な刻也、本質的な自分の居場所を失って彷徨っていた冴子、男性的な精神に姉への愛と肉欲を抱えていた日奈――厄物オンパレードみたいなラインナップですが、彼らに共通しているのは「家族との不和」です。勿論健一も同じで、絹川家はそもそも家族として成立さえしてなかった、というのが原作後半で判明するわけですが、そっか、じゃあしょうがないな、で済ませられるのが健一の一番アレなところですよねえ。

 原作でも露骨にプッシュされていたのはエッチ、直接的に言うならセックスしたしない、の生々しい話。これについて自分が印象深かったのは、某所の感想にあった「健一はセックスを、相手を幸せにするツールとして捉えていたのではないか」というものでした。綾とは一度して、それからしばらく断り続けていた理由。冴子や蛍子とはして、狭霧とは結局しなかった理由。その辺り踏まえて考えると、何となく健一にとって彼女達はどういう存在だったのかが見えてくる気もします。
 今は亡き富士見ミステリー文庫は当然ながら一般書籍であり、直接描写こそないもののテキストも挿絵もかなりギリギリだった原作は、当時凄まじい問題作として話題にもなりましたが、別にエロで読者を釣ろうとしていた感じは……まあ結構ありましたけど、結構真剣に「セックスを含めた恋愛」について突き詰めていたと思います。僕は恋愛に向いてない、と事ある毎に考える健一が、それでも誰かを好きになったり愛したりする物語。何故ミステリー文庫で出したんだ……? と首を傾げた人も多いでしょうが、恋愛とはそれそのものが一種のミステリである、なんて。ここまで書いた私自身、未だに謎の尽きないジャンルです。

 この話を始めたきっかけは、上述の「もっと上手いテキストで書けるのでは」とかいう恥ずかしい増長もありましたが、もうひとつふたつ付け加えるならば、綾さんのキャラがすごい好きだったんですよね。まさにエロゲ的文脈で作られた物語だからこそ、もしもの話をすると面白いよなあ、と。劇中で語られなかった部分や、当然ながら描写できなかったエロシーンも二次創作なら好き勝手やれるな! と見切り発車した結果がこれです。プロットもあんまり詰めずにやるもんじゃないね……。
 始めた後にイラスト担当のさっちさんがコミカライズした『るーむ!』が出たわけで、あちらも一種の綾さんルートと言えなくもない内容でしたが、全二巻で収めるためかキャラ少ないわ真面目な話は全力でぶん投げるわ、本編準拠とは程遠い展開だったんですよね。いやあれはあれではっちゃけっぷりが面白かったんですけど、ぼくが見たいのはそうじゃないんだ、みたいな。
 ちなみにエピローグのシーン、開かずの扉についての一幕も当初からずっと書きたかったところでした。原作における縁の在り方を視覚化して、その上で概念的な繋がりを確かめる場面が欲しかったのです。ふわっふわだったあの辺の設定にちょっと形を与えたかったとも。


 キャラごとの所感も軽く。


・絹川健一
 我らが主人公。経験ないのにセックス上手いとか、明らかにエロゲ的文脈から生まれただろうキャラクタライズですが、その実登場人物中では一番倫理面で破綻していたとも思います。両親がほとんど親としての役目を放棄していた家庭環境故に、生活的、精神的自立を求められ、当たり前のように本来親から与えられる愛を知らず育った子。家族というものがわからないからこそ、十三階の住人達にも隔意なく接することができたのかもしれません。
 原作では普通に大学生をやってるようですが、本作では高校卒業後、綾さんの付き人兼プロデューサー見習いをしてます。原作序盤でエリさんから提示された選択肢を取ったら、という感じ。そのうちしれっと籍も入れます。
 綾を除いた十三階の住人と再会できたかは微妙なところです。ただ、原作では千夜子が一度切れたはずの縁を結び直したように、誰かの尽力と祈りが、もしかしたら再び彼らを引き合わせたのかもしれません。

・桑畑綾
 ヒロイン、とエロゲ的には言っていいんでしょうけど、るーむは群像劇の側面もあり、そういう意味では彼女も主人公です。原作における独り立ちのための成長を強調して、そこにもっと明確な理由付けをした結果が『ROOM NO.1304』という物語の骨子になります。
 割と健一に対する感情には依存心も含まれていると思いますが、人間として、男として好きなのも間違いないでしょう。芸術家然とした彼女はずっと自分の世界で生きてきて、周りに合わせられないまま来たわけですが、健一に救われ、並び立つにはどうするべきかを考えます。綾さんに限らず、るーむの登場人物は皆「関係性が変わることを恐れている」という共通点もあるんですけど、そこを真っ先に踏み越えようとしたのが本作の綾さんですな。
 エピローグで自分の子供につけた名前は原作の外伝、短編集の一巻より。一時的に記憶喪失になった彼女が名乗った名前ですね。あのエピソードもどこかで書こうと考えたりしましたが、どう見ても余計だったのでやめました。外伝から拾うのを諦めた伏線が結構埋まってたりします。

・有馬冴子
 物語が始まった時点で、覆せない運命を背負った少女。るーむが『ROOM NO.1301』という話である限り、彼女はどうあっても死の結末から逃れられません。そこで安易な奇跡を持ち出せば、途端にチープなハッピーエンドしか導けなくなるでしょう。それでもいいという人は多いかもしれませんが、結局彼女が生きるためには、もっと根本的な意識改革が必要なのかなと。
 彼女の根幹は「母の一番になりきれなかったこと」であり、本編開始段階で生きながら死んでいるような子です。人生の意義を失ってそれでも生きていたのは、人間の根源的な生存欲求からだと思いますが、健一と出会わなければもっと早く死んでいたのかもしれません。
 健一に対する感情は、家族愛のようでも異性愛のようでも。肌を重ねても勘違いの起きない、後腐れない関係性を求め続けていた冴子ですが、それは面倒事になるという以上に、相手に情を抱きたくなかったのかな、とか。自分のためというより、遠からず死ぬ人間に入れ込まないでほしい、みたいな優しさから来ていたのでしょう。
 原作では結局明らかにならなかった病名ですが、個人的にはガンの類か内臓系の疾患と見ています。前者なら転移が進めばどうしようもないですし、後者は特に免疫疾患だと治療の手立てがないものも多いので。そこは明言した方が色々書きやすかったんですが、展開的に病気の話を入れると説明することが増えちゃうので切りました。別に読んでる人は蘊蓄聞きたいわけじゃないですしね。
 あんだけガンガンセックスして大丈夫だったのか、という疑問については、子宮の機能も低下していたのでは的な裏設定もありました。たまたま当たらなかっただけかもしれないし、当たってもいいやと冴子自身投げやりになっていただけかもしれませんけど。

・絹川蛍子
 弟が好き過ぎる姉。普通に実姉です。一般書籍で近親相姦とか冒険し過ぎだろと原作読んだ当時は戦慄したものです。
 原作では関係を持って早々に引き離されてしまいましたが、じゃあ行くところまで行っちゃったらどうなるの、というシミュレーションをした結果が本作での彼女。そりゃ妊娠したらバレるでしょ、という。健一や綾、冴子はセックスを手段として捉えている節もあるんですが(健一は相手を支えるため、綾は単純に気持ちよくなるため、冴子は眠るため)、対して蛍子は大変普通の、人間的な「愛を確かめる行為」として見ていたのではと思います。
 ただ、本来セックスは「子供を作るための手段」であって、子供故にその可能性を想定できていなかった。まあ世に蔓延るできちゃった婚の大半はそうなんですけど、真面目に突き詰めて書くとこうなるんじゃないかなーと。
 ちょうどこの辺りを書いている時、プライベートでも思うところがあったので、自分の考えをこれでもかとぶち込みました。ちょっぴり情念めいたものが文章にこもっちゃってるかも。
 エピローグを最後まで読んでいただけたならわかるでしょうけど、あの後の未来で結局3Pします。好きな人との千載一遇の機会を逃せるわけがないのだ……。

・八雲刻也
 すっごい地味なんだけど、でも彼がいないと十三階の生活環境から何からは絶対成立しないであろう偉大な人物。真面目で堅物、気が利かないようなキャラクターなんですが、結構友達想いで恋人想い、義を重んじる人でも。頭はいいしおっぱい大きい彼女持ちだし(でも背はちっちゃい)、家はまあお金持ちだろうしで人生勝ち組系なんですが、そういう恵まれた環境を彼女以外は全力でゴミ箱にダンクして自分の夢を叶えようとしているカッコイイ男の子です。  冴子の病気については前から知っていて、でも健一に伝えなかったのは「自分が口を出すと大抵碌なことにならない」という苦手意識があったからです。他人の相談に乗るのが致命的に不得手な彼は、人間関係についても結構及び腰だったのかなと。そこを踏み越えるからこそ友情は生まれるわけですね。
 彼女である九条鈴璃とその周囲に関しては、原作外伝を読んでもらった方が早いです。

・窪塚日奈(シーナ)
 蛍子と並んで「すげえのぶっこんできたな……」と戦慄した人物。何せ性同一性障害の疑似同性愛かつ近親相姦願望持ち。健一や蛍子に輪を掛けて役満です。
 ジェンダーについての話はかなりデリケートで、日奈のそれはまあそこまで重いものではないんですが、男性的な自分(シーナ)と女性的な自分(日奈)が常に彼女の中では同居していたわけですよ。精神と肉体の乖離が性同一性障害の問題であり、そのズレと折り合いをつけられないから悩み苦しむものですが、なかなか難しいところだと思います。
 日奈のパートはほぼ原作準拠になっちゃってますけど、自分なりに書くにあたり、いくつか肉付けをしています。過程の違いでより酷いすれ違いが起きたり、屋上でのシーンが重くなったり。姉の佳奈は大概酷い人物に見えますが、一部(責任や重荷を転化するところ)を除けばまあ一般的な反応なのかなとも。九割九分届かない想いだと知っていながら、それでも戦い続けることを決めたのは、生きる上でそれこそが最もかけがえのないものだと理解しているからなのでしょう。


 何だかんだであとがきもかなり書いちゃったな……。
 html換算で、あとがきを覗いても約1.3MB。だいたい65万文字です。普通に本が何冊かできますね。
 十年掛かっちゃいましたが、ここまで何とか書き上げられたのは皆さんのおかげです。いや本当に。感想なかったら絶対途中で心折れてた。
 さすがにやりきった感あるのでるーむをこれ以上書くことはないでしょうけど、だらだらーっとまた別ジャンルで何か書いたりすると思うので、気が向いたらお付き合いください。
 ここまでありがとうございました。物語の旅路が、良き終わりでありますように。
 神海心一でした。



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